一筆海岸 - 仰く

一筆海岸

夏目知幸

ザッガは水浸しの陸のない青い星。だけど、外から見ると、ガチャガチャのカプセルみたいにちょうど半分を灰色の人工大陸が覆っている。大きさは、地球よりちょっとだけ小さい。ほんのちょっとね。300年前に戦争が始まった時、水資源調達のための基地が作られたのが始まりで、わずか15年で今の大きさまでになった。それほど当時の戦いは激しかった。とにかく水が必要だったから、どんどん基地は拡大した。戦争需要で大いに儲かったらしい。過酷な労働環境にも関わらず、地球から33億人が移住して働いた。水に変わる物質が見つかるまでの130年間、この星の人々はみんな豊かで、家族のように暮らしたという。信じられないかもしれないけど、本当にそうだったみたい。本で読んだ。

レーカラン戦の勝利の後、僕たち第16部隊は超久しぶりに72時間の休暇をもらった。でも、この星域ではろくにリフレッシュできそうな場所がないから、大抵の戦闘員たちは、ありきたりだけど、近場のステーションで過ごしている。映画でも見んのかな。僕とサチコとミカは、シャトルをレンタルしてザッガへ来てみた。誰も行かない場所に行こうって、飲んだ時盛り上がって。で、今、海岸線。波はほとんどない。右を見ると、まっすぐ一直線に波打ち際。左を見ると、まっすぐ一直線に波打ち際。前を見ると、水。後ろを振り返ると、灰色。数キロに渡って平たい給水平地が広がっている。平地の所々に、穴。遠くに塔。もっと遠くに、壁のように見える、400階層レベルの居住区跡。

サチコはドロフォー配色のパラソルを広げて、鉄の地面に突き刺した。さすが、隊一の怪力。ミカはその下にシートを広げ、ランチボックスを開けて、「わーいサンドイッチだ」と言った。僕もそれに加わって、食べた。美味しい。「懐かしい」と僕がいうと、「どこが?」とミカが聞いてきた。サチコは「泳ぐ」と言ったっぽいけど、サンドイッチがまだ口を塞いでいて、立ち上がって靴を脱いで走り出すまでは、何を言ったのかちょっと分かんなかった。鉄板を蹴る音が気持ちいい。カンカンカンカンカン。ドっパーン。「ぬるーい!!」。金属の大地のせいなのか、それともこの星の自転が極端に遅くて昼が長いせいなのか、どっちもだな、海はあったかいらしい。笑いながら、右にいるミカが、座ったまま背伸びして僕の左側へスーッと手を伸ばして、サチコが脱ぎ捨てた靴を揃えた。気が利くなあと思いながら僕は両手を頭の上に乗せて、寝転んだ。空。広い。「そういえば」。ミカが話し始めた。「靴は、いつも、行き先の方へつま先が向いているよね。いつも、行きたい方向の、一歩先で、行き先を見つめて待ってる。だから、目があうことがないんだ、靴と。合うとしたら、買うときくらいかな。でも、海水浴の時は、違うね。行き先に向かって靴を脱ぐ。で、海から帰ってくる時に、目が合うね」。

サチコが戻ってきた。手に魚を持っている。カレイだ。「うち、じいちゃんが漁師だから」。そういって持っていたナイフで手際よく捌くから驚いた。よく焼けそうな鉄板を探して歩いた。焼いて食べた。

夏目知幸 なつめ・ともゆき

浦安出身のミュージシャン、コラージュ作家。2020年までバンド・シャムキャッツを牽引、解散後は2022年からソロプロジェクトSummer Eyeを始動させ「人生」「生徒」などの楽曲を発表。他にも、映画批評、DJなど幅広く活動。

写真:中村寛史